・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
様々協力を得て、初の盛夏を何とかのりきる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 宮島 弥山  
から瀬戸内海の眺め。撮影ヌクーン

29Apr2009a

少しずつですが、最悪の動けない状態から随分復帰しました。前回の日記の時点では、妊娠当初から
大いに懸念していた、「大変動の誕生月」&「初体験のチェンマイの盛夏」である4月を乗り越えられるか?(こういう懸念が事実をひっぱるんですよね!)が大いに危ぶまれていましたが、ヤットコサ、大きな山を越えられました。

きっかけは、いつものように信奉する新月の日に行った次のようなことのどれか?すべてに相乗効果で救っていただけたのだと思います。

1)「清らかで美味しく美しい水に助けていただける」と恒例の新月の願望に書いた
2)整体の稽古場の先生に、恥を忍んで泣き言メールを送った
3)いつもおすがりする宮司の弘祥先生に電話でお伺いを立てた
どれも常時の私では考えつかない或いは、できない非常手段。どの方向からもも助けていただけたのだと思います。正に藁をもつかむ必死な気持ちでした。

4月の満月、タイのお正月、ソンクランの始まる頃からチェンマイは毎日40度近くの猛暑が続いておりました。私はソファに座っているだけでも、特に頭上から湯気がでているのか?と思う ほど、熱気で、汗が噴出し、寝ればTシャツが絞れるほど。

ところが、私だけがそんな状態で、夫ヌクーンは働くわ働くわ、物の怪でもついているように。彼は自宅敷地内の第二棟の補修を夜明けから日が暮れても続けました。まあ、正についていたんです。『赤シャツ隊』が。ご存知ですよね?4月8日から現政権に対して、反政府活動を行い、パタヤで行われたアセアン会議でも
現れた我が国の麻生首相も避難するほどの大興奮ぶり。

「ゆっくりごろ寝して、テレビを見ながら、赤シャツの暗闘ぶりを目の辺りにしていると、その後に訪れるタイの経済の困窮ぶりが、心配でとてもいられない。働いて体を動かしている方がどんなにましか」とせっせと
働きました。タイ人で、今の時代に乗れて、働けば働くほど、稼ぎが上がっている、特に都会に住んでいる
ような人には、今回の赤シャツの暴動は、迷惑この上ないものでした。何しろ、一年に一回の正月、
ソンクラン長期休暇の稼ぎ時に、バンコクのデパートは危険を回避するために店を閉めなければならなかったほどですがから、今回の赤シャツの暴動は前回の空港を占拠した、黄シャツの暴動と違い、バンコク市民の 協力が得られず、頓挫したとみられています。

しかしながら、田舎から扇動されて集まった当事者たちは、昨今の環境破壊と、貨幣経済の行き過ぎで、
生きる糧を得るのに困難をきたした、素朴な人々*が大半を占めていたので、根っからの
犯罪者気質の人々を弾圧する ようにはいかず、国としては対応が非常に難しかったと思います。若くて頼りなげに見えたわずか44歳のアピシット新首相の堂々とした対応ぶりには、国内外で評価が上がりました。 できごとの良い悪いというのは本当に受け取り方ですね。タイの政府は暴動以後、以前より安定したように感じられますし、我が家のセカンドハウスは赤シャツのお陰で、この4月大きく改修がすすみました。

話は戻って私のことですが、 健気に働く愛夫に、寝坊だけでなく、朝食の後再度寝床に戻るぐうたら主婦でも、美味しいお昼くらいつくりたいと願いながら、駄目。せめて夕飯はと、気持ちはあっても、体がついていかず。こちらに食欲が 全くないので、台所に立つ活力がまったくなし。専業主婦から家事をとったら どうなるの??ととほほ主婦の無能ぶりに、自己嫌悪の日々でした。

それが、(1)の願望が新月に大いなる力に受け入れられて、25日の晩から大雨が降り、空気が澄んで、
気温が下がったのを契機に少しずつ動けるようになりました。一昨年から、「きれいな水と空気のために何かしたい」と願っていながら、何もできなかった私ですが、今年から 加わる、最強母親パワーに支えられて、本当に何かしたいです。

また、日本でいつもお忙しい中も、私の体を観てくださる整体の先生は、非常時の心の 支えとしてありがたい存在です。「私も妊娠8ヶ月ごろがちょうど夏で寝てばかりいましたよ」と 優しい言葉をくださいました。先生のように常日頃節度のある生き方をなさっている方も 同じような状況にあったと言ってくださったので、気が楽になりました。自己嫌悪というのは 一見へりくだった行為に思えますが、先に17FEB2009 の日記で引き合いに出した、 女神様と仰ぐ友人が、「体は神様が今生で、私が何か成し遂げるためにお貸しくださったもので、自分だけのもではない、大事使わせていただかなければならない」と言っていました。腎臓が弱って動けないからと言って、自己嫌悪に陥るのでなく、そういう状態を認め、受け入れて何ができるか探るのが私の目指していた道でした。

そして、弘祥先生。04MAR2009の日記でご紹介した、将来有望な日本青年よし君が その後日本に帰国して、現実を直視し、これからのことを家族と大いに話あった 後またタイに戻って来ました。今度は、タイかアジアでの職探しという目的を持って。この不景気に5社からも内定をもらえた末、バンコクの人材派遣会社で働くことになったという、うれしい知らせをもらったので、姉気取りで、弘祥先生にご報告しました。興味を持ったことに すっと動けるよし君は弘祥先生の元も訪ねたので、ご報告を口実に私の現状を救っていただこうと思いました。「気をつかうのはよくない。なるべく気をつかってもらえるように動いて」との助言を いただきました。毎月新月に「森羅万象に協力してもらえる私になりたい」と願っている私ですが、どうも人様の好意に甘えるのが下手で、人に気を遣ってもらうなど「もってのほか」と思っていましたが、困った時に、協力を求められない今までの私は、どこか、「相手が好意の見返りを期待している」と警戒して いた心の狭い人間だったかな?と自分に対し新たな観方ができるようになりました。

これらの複合効果のせいで、それまで、保留状態だった出産の準備を少しずつ始められています。2ヶ月後の予定日に向かって、様々な物事が動いてきているのを感じる今日この頃 となりました。

*こういう方々を支援するための基金Linkのウェブの更新の仕事を妊娠中も続けさせていただいています。サイトをご覧いただき、今月5月には代表者が活動内容を説明しに日本に行きますので、講演会に是非いらしてください。)



Next Page14MAY2009 本当に素晴らしい教え
"愉気"
WeblogTop Weblogの最初のぺーじへ
Studio Ring Web  工房 凛の最初のページへ


Copyright 2007 and beyond 工房 凛.All rights reserved.