2005年に初めてチェンマイに長逗留した時に出会った南アフリカの青年が
「体のことを学ぶなら日本が有名だけれど、とても生活費が払えないから、チェンマイに来て太極拳を習った」
と言った。
その時、色々な文化背景の人が住むチェンマイ国際村で、野口裕之先生(ダン先生)の研究されている
動法
を基に茶道や武道、その他昔の生活では当たり前だった日常の身のこなし方について学べる場を開いたら、どんな伝わり方をするか、
また私達に日本人にもどのように響くか?と思い浮かべただけでワクワクした。
それから7年後の12月2日(日)の佳き日にとうとう第一回動法(どうほう)の稽古会がチェンマイで開かれた。
毎回動法の稽古でちょっとした体への気のかけ方を習うたびに、私をとりまく一切合財がガラリを大きく変る。
稽古の中に、しっぺをする(人差し指と中指をそろえて相手の手首を打つ)というのがあった。しっぺをする時、人差し指と中指をそろえようとしないで、
二つの指の間にある空気を感じる、そうしていると、或る時意識せずにふたつの指がそろってしまう。その状態で相手を打つと、
打たれた側は何か体の奥底にふれる心地よいものと受け取れ、打つ側もその心地よさが共有できる状況に到達できる。
指と指の間にある「見えないものに気をかける」というのは、故春日大社の宮司、葉室頼昭さんが著書
「
神道 見えないものの力」
で書かれている日本人が古来から大切にしてきた自然観や生命観、文化の基礎だと思った。しっぺの稽古で、神道の教え,
日本文化の真髄が腑に落ちた気がした。
私は立派な言葉や道徳的なことを言われると 「空想の世界のことをおっしゃっている」
と胡散く感じてしまう性質で、つい最近まで、宗教的なものや格言などを小馬鹿にしてきたが、
それらのことが、本来、頭で考える良い悪いではなく、全然違う世界のことであったということを随分動法の稽古を通じて体で学ばせていただいた。
体で納得すると、すんなり、動ける、そして、今まで観ていたものとは全然違う世界に行ける。
今回の稽古はお世話係として、子連れ参加された子供達と娘のお相手をする片手間に、稽古をなさる皆様をぼんやり眺めていただけの参加なのに、
そのような大展開が私に起こった素晴らしい場だった。
ダン先生がある時講話で 「僕の話を聞いて何だか元気になったなと思ってくれたら大成功」
とおっしゃったけれど、今回の稽古会も何だかしらないけれど、元気になられた方が多いように感じた。
3歳の娘が
「いつもちょっと怒った顔している」
と形容するあの方が、いらした時とは全然別の雰囲気でお帰りになられたのは、ちょっと呆気にとられた。ふふふふ
講師の角南さんは
「今年は本当は四国巡礼をしようとしていたのに、なぜか北タイに来てしまった」
とおっしゃっていた。きっと弘法大師が遣わしてくださったのだ。これまた腑に落ちた。
角南さん、いらしてくださった16人の方々、そして、あの場を実現してくださった、すべての見えないお力に感謝。 合掌。 本当にありがとうございました。
♪すべての願い、望み、祈りが叶うこの世界に感謝♪
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